特別研究生髙 橋 宣 裕
“Soft Robotics” Science of Soft Robots
by
Prof. Suzumori Koichi
東京工業大学 工学院・機械系 鈴森・遠藤研究室
Professor
鈴 森 康 一

Image ©️Suzumori Endo Lab
東京工業大学 工学院・機械系 鈴森・遠藤研究室
The Robots for The Community Service
社会に役立つロボットを目指して
東京工業大学は、ロボコン博士と呼ばれ、通称ロボコン(ロボットコンテスト)の生みの親、森 政弘先生(東京工業大学名誉教授/1927〜)をはじめ、生き物の構造や動きを探求しその結果を工学的に応用していくバイオメカニクスの研究で名高い梅谷陽二先生(東京工業大学名誉教授/1937〜)、そして、ヘビ型ロボットのパイオニアであり、TITANシリーズと呼ばれる四足歩行の ロボットなど独創的な研究を数多く手がける広瀬茂男先生(東京工業大学名誉教授/1947〜)といったそうそうたるロボット工学の大家を排出しており、遠藤玄准教授はその遺伝子を継ぐ研究者だ。東工大のロボット工学研究の特色として、森政弘先生が切り拓いていった創造性教育と呼ばれる「人材育成」をはじめ、東京大学医科学研究所と連携し腎機能の自動診断装置の開発を行った梅谷陽二先生、そして、カンボジアやクロアチアでの人道的支援として地雷撤去を目的に、国立研究開発法人科学技術振興機構(略称JST))をはじめ、産学連携で地雷撤去ロボットの研究開発を長年に渡って手がけてきた広瀬茂男先生といったように、地域社会の発展や、社会課題を改善する ことをテーマに実践的な研究を展開していくことが東工大の伝統的なロボット工学の特徴であり持ち味だ。それは科学的なアプローチからの社会貢献活動(コミュニティーサービス)の一つの形と言えるだろう。遠藤玄准教授はこの東工大の持ち味であるコミュニティーサービスに関する取り組みを数多く実践し確実に成果をあげている骨太な研究者だ。その代表的な取り組みとして、福島第一原子力発電所の廃炉作業にロボットを活用する研究があげられる。遠藤玄准教授は、基礎研究に注視したロボットの研究開発を行い社会課題に対峙する。なぜなら、基礎研究にかけた時間こそが、社会に寄り添うことを可能とする確実で安全な実験、研究データを導き出せると考えるからだ。
昨今この“基礎研究”のあり方について、様々な議論や意見が取り沙汰されている。国公立大学の運営費交付金と私学助成の削減が10年以上続いている背景から、基礎研究の在り方や、それに携わる研究者の立場や環境が危うくなることを懸念する声も多い。全国の11大学(北海道大学、東北大学、東京大学、早稲田大学、慶應義塾大学、名古屋大学、京都大学、大阪大学、九州大学、筑波大学、東京工業大学)で構成される学術研究懇談会は、成果目標が明示的である競争的な事業補助金への移行が強まることで、結果的に短期的成果を求め出口指向を強める方向の研究が 過度に傾きつつあるのではないかと指摘する。また、2017年にノーベル生理学・医学賞を受賞された大隈良典栄誉教授(1945年〜/東京工業大学 科学技術創成研究院 特任教授)は「基礎研究は誰もが成功するわけではないが、基礎研究を見守ってくれる社会になれたら嬉しい」と語り、同年8月には、我が国の基礎研究に携わる研究者らを支援し社会全体で基礎化学の発展を目的にした公益財団法人大隅基礎科学創成財団を設立している。我々の社会を持続可能なサイクルへと転じるためにも、日々研究に勤しむ研究者が安心して研究に専念できる環境を整備し支援することは結果的に、我々の地域社会と地続きにある社会課題を解決する一助となるのではないだろうか。
2011年、東北地方太平洋沖地震により福島第一原子力発電所では大量の放射性物質が漏洩する重大な事故が発生し、事故現場である原子炉建屋の放射線量が上昇し人間が近づけないアクシデントとなりロボットの投入が期待された。が、当時の運用体制が万全ではなかったために残念な結果となってしまった事は記憶に新しい。しかしながら約8年が経過した現在、無線重機による瓦礫除去,除染ロボットによる線量低減,原子炉格納容器内調査など,実際には数多くの日本のロボットが活躍していることはあまり知られていない。遠藤玄准教授は、東日本大震災が 発生した直後に、当時、東工大で教鞭をとっていた広瀬茂男卓越教授(現名誉教授)と共に、原発事故対応のロボット開発を開始し,その後,東工大発のベンチャー企業 「株式会社ハイボット」と協働し実用機を開発し継続的な研究活動を行っている。 遠藤玄准教授曰く「このような対応が可能になったのも、東工大での約四十年にも渡るロボット研究開発の歴史があったからだ。」と語る。現在、遠藤玄准教授は、森先生、梅谷先生、そして広瀬先生から継承されたそれぞれの持ち味をブレンドし、福島の廃炉調査やインフラ点検などの活用を目的とした世界最長のアームを持つ「超長尺多関節ロボットアーム“Super Dragon”」を独自に完成させた。アームの全長は10メートル、可動域は最大高さ10メートル、水平状態で8メートルという世界最長のロボットアームだ。これは、遠藤玄准教授の長年にわたる基礎研究と実機応用の結果だ。ロボットアームは、長くなればなるほど「テコの原理」が働き重たいものを持ったまま水平を保つ事は難しい。そこで、遠藤玄准教授は、釣り糸や漁網、防弾チョッキなどに用いられる高強度でかつ軽量な化学繊維製のロープに着目し、素材の力学的解析と実験を積み重ね、試行錯誤の末、遂に重さ10キロの物体を水平方向に保持することに成功した。アームの関節部分の複数の滑車に軽量で丈夫なロープを巻きそれぞれの荷重を分散し支える仕組みを基礎研究の末、発見したのだった。それは最先端のテクノロジーに裏打ちされたアプリケーションにオーダーメイドの手仕事が加える作業だ。もしかしたら、基礎研究を繰り返すことで、研究者らは知らず知らずのうちに、熟練された職人技のように経験から成るノウハウと勘所を培っていくのではないだろうか。「今後は、ロボットアームの機構をより一層発展させて”実用機として”一日も早い廃炉作業の完了に貢献したい。なぜならこれはロボット研究者としての使命であり、誰かがやらなきゃならない。」と遠藤玄准教授は意気込みを語る。そして、「そういった実用的に役に立つロボットを開発するためにも基礎研究と地道な開発の積み重ねが必要なんです」と念を押す。このような志を持つ研究者がいる限り、世界最長のアームを持つ「超長尺多関節ロボットアーム」が今後日本中の至るところで活躍し、世界に羽ばたく日は近いのではないだろうか。だがその為にも我が国が抱える基礎研究の在り方を今一度、社会全体で再考し問い直す必要があるのではないか。近年、短期的成果を求め出口指向を強める方向が研究の間口を狭める傾向にあるが、基礎研究を割愛した研究は、適切な臨床試験のデータを解析しないまま、製薬を世に販売してしまう行為に近いのではないだろうか。
現在、東京工業大学では、同学の先導原子力研究所と同学工学院・機械系が連携し,ロボットによる遠隔制御と超音波による計測を実践的に学ぶことの出来る「シビアアクシデント工学実験」と呼ぶ大学院講義を立ち上げ、実際の廃炉問題に対して、学生が主体的に取り組めるカリキュラムを実践している。遠藤玄准教授も本講義に参加し学生の指導にあたる。その他、遠藤玄准教授は、肺機能が低下した高齢者や在宅酸素療法(HOT)患者の支援として、「酸素機器搬送ロボット」の研究開発を行うなど、超高齢化社会やQOL(クオリティ・オブ・ライフ|英: quality of life)を視野に入れたロボットの研究開発にも力を注いでいる。これは遠藤玄准教授の実体験に基づく。かつて同居していた祖母が晩年、在宅酸素療法を受けていた事から、呼吸の苦しさや、重たい酸素ボンベを携えて外出しなければならない煩わしさを側で見ていた経緯から、そういった患者さんの力になれないかといった思いから始まったプロジェクトだ。紙面の都合上、これらの取り組みの詳細については割愛するが、日夜、自らを取り巻く身近な社会課題を視野に、後進の指導といった人材 育成をはじめ、基礎研究を続ける実直な研究者たちが安心して研究や教育を行える場を確保できるよう、私たち一人一人がサポーターとして、社会全体で考え議論できる場とそのプラットホーム づくりが今後ますます問われていくのではないだろうか。なぜならそれがコミュニティーサービスの新たなモデルとして私たちの社会の発展に繋がるのだから。
(Text by 藤本ナオ子)
社会に役立つロボット作りに勤しむ、遠藤玄准教授は、6月15日(土)15時からの鈴森康一教授の公開トークイベントに参加されます。鈴森康一教授のメイントークの後に、遠藤玄先生はじめ、 そして参加アーティスト(誰が参加するかはお楽しみ)と共に、市民の皆さまとクロストークが できればと思います。ぜひ参加ください。
参考)
我が国の科学研究の根幹を担うために
https://www.u-tokyo.ac.jp/content/400043030.pdf
2016年ノーベル賞受賞、及び学術研究・基礎研究の振興に向けた我が国の取組
http://www.mext.go.jp/component/b_menu/other/__icsFiles/afieldfile/2017/06/02/1386489_001.pdf
公益財団法人大隅基礎科学創成財団
研究力が高い大学2016ANESTA創刊号
講 演「人とロボットの近未来 ~人と共生するロボット~」
東京第37回蔵前科学技術セミナー報告および講演録
「酸素犬ロボット」開発プロジェクト~実用化に向けた取り組み~.
東京工業大学科学技術創成研究院先導原子力研究所
2000 年東京工業大学機械物理工学専攻博士課程修了
2000 年ソニー(株)入社.2002 年-2006 年(株)ATR 脳情報研究所客員研究員.
2007年東京工業大学理工学研究科特任助教を経て,2008年同大機械宇宙システム専攻助教. 2014年東京医科歯科大学生体材料工学研究所准教授,2015年東京工業大学機械宇宙システム専攻(現工学院)准教授. 移動ロボット,高強度化学繊維を用いたワイヤ駆動ロボット,原発廃止措置ロボット,各種エンドエフェクタ機構の研究開発に従事.
日本ロボット学会論文賞 (2002), 計測自動制御学会論文賞 (2012),
Advanced Robotics Best Paper Award (2014), IEEE/RSJ IROS Best Paper Award on Safety Security Rescue Robotics in Memory of Motohiro Kisoi (2017)など受賞.博士(工学).
(日本ロボット学会正会員)
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©️Suzumori Endo Lab
東京工業大学博物館百年記念館での実験の様子1階

©️Suzumori Endo Lab
東京工業大学博物館百年記念館での実験の様子2階から撮影

©️Suzumori Endo Lab
「酸素機器搬送ロボット」の歩道での実験の様子
東京工業大学 情報理工学院・情報工学系 小池英樹研究室
科学、芸術、哲学をつないで・・・
新たなハプティックスな表現に挑む
髙橋宣裕氏は、科学、芸術、そして哲学的なアプローチから、ヒューマノイドロボットやハプティックスインタフェースの研究を行う若き研究者だ。ハプティックス(【英】haptics)とは、手触りや体感などの触覚といった情報を伝達する技術や学術分野を表し、身近なものとして、携帯の着信時の振動や、コンピューターゲームなどのゲーム中のアクションの強弱やリアクションをコントローラーの振動で演出する等が挙げられる。人間の知覚に訴えかけるコミュニケーションとして、また、スマートフォンやタブレットといったタッチパネル(タッチインターフェース)の普及に伴い、近年ますます注目が高まる分野の一つである。
髙橋宣裕氏は、東京工業大学理工学院・情報理工学系 小池英樹研究室の特別研究生として、人間の五感や身体性についてリサーチを行いながら情報系のソフト面の研究を行うと共に、鈴森康一教授の開発したソフトロボットの人工筋肉を用いてインタラクティブな表現のリサーチを行うなど、分野横断でのアプローチを得意とする。ヘビ型ロボットの研究で著名な広瀬茂男先生(1947〜/現名誉教授)の指導教官であり影響を与えた梅谷陽二先生(1937〜/東京工業大学名誉教授)も、かつて、生き物の構造やその動きに着目しバイオメカニクス的なアプローチからロボット工学を発展させていった。こうした分野融合でのアプローチは世代を超えて研究者間で脈々と受け継がれている。髙橋宣裕氏は、人間の手の動きや知覚を生物学や解剖学といった側面から解析を行い、人工筋肉(ソフトロボット)をアクチュエーターとして、新たなインタクラティブな表現を創出することに挑戦している。これは、鈴森康一教授が提唱する「ソフトロボット学」の”様々な領域をしなやかに繋ぎながら”新たな学術の領域を切り拓いていく”との思いがが、確実に次の世代へと受け継がれている証ではないだろうか。
これまでに、髙橋宣裕氏は自分自身とハグするロボットをはじめ、ジムに通わなくともマッスルな身体を手に入れるこ とが可能な装置といったように、何の役に立つのかわからない摩訶不思議な癖になるインタラクティブな作品を数多く 手がけている。もしかしたらそれは、生産性を重んじる現代社会において、評価が難しかったりするのかもしれない。 けれども、そういった一見、無益なもののように見える物事にこそ、真実があり出会いがあるのではないか。なぜなら、 アート作品=“WORK” たるもの自体がそういった類のものと考えられるからだ。
かつて、建築家 篠原一男は、“住宅は芸術である“という言葉を残している。私はこれまで、この言葉が持つ意味につい て、少し誤解して解釈していたようだ。現代アートの登⻯門、英国のターナー賞で2014年に建築家集団Assembleが初め て賞を受賞して以来、世界的に建築家やその集団(コレクティブ系)の作品が美術館やギャラリー、そして地域アート と呼ばれる芸術祭でも数多く取り上げられるようになった背景もあり、私は単純に(さすが篠原一男先生は先見の明が あるなあ)といったような感傷で自己満足に浸っていた。しかしながら、本展の参加者であり、建築家 塩崎太伸先生 (東京工業大学 建築学系 准教授)との出会いによって、私のこのメランコリックな感慨は一気に崩れ去った。篠原一 男がなぜこの言葉を放ったのか。そこには孤独で真摯な戦いがあったのだ。詳しくは、塩崎太伸先生のテキスト作品 《”住宅は芸術である”というアフォリズムにまつわる誤解について》をご覧になり、6月16日14時からのイベントにご参 加いただきたい。” 住宅が産業化・工業化してゆく状勢の中で、(篠原は)その状況と戦わねばならないと強く思って いた。相手は大量生産により、無駄のない材料・無理のないプラン・手頃なコストで住宅を生産してくる。かたや建築 家としてわたしが行っているこの膨大な作業と無駄な労力は何としたことか。こんな作業は芸術でしかありえない。そ う、ここまでして自分がおこなっている住宅設計の作業が意味のあるものであると仮定するならば、それは芸術と呼ば ざるをえない。・・・それは産業化の波と孤独に戦う前衛が、疲弊しながらの淵で繰り出したギリギリの戦術だった。 そして、こうした理由からわたし達がこの言葉を英訳する際は、”House is Art”ではなく、”House is a work of Art”として いる。(塩崎太伸先生テキスト作品より抜粋)当時の社会的な背景、そして、戦う先に生まれた作品の妙。こうしたギ リギリの戦いの果てに、”住宅は芸術である“という言葉が生まれたのだ。決して、理想やロマンといった美意識から生 まれた台詞ではない。膨大な作業と無駄な労力。それは専門性を持つ者としての誇りでありこだわりではないだろうか。
現在、髙橋宣裕氏は、人間の手を模したソフトロボットの研究開発を行なっている。人間の手指や弛緩構造を解剖学的 に学びパラパラ漫画を製作するようなコマドリで指の動きをシュミレーションしデータを読み込んでいく。そして、そ のデータに合わせニットメーカーのごとく細い素麺のような人工筋肉を編み込んでいく。それは恐ろしく時間と手間の かかる行為であり、基礎研究と呼ばれる代物だ。役に立つとか立たないとかそんなんじゃなく、作りたいから作る。思 いは極めてシンプルだ。英語で“Geek“とは、かつては見世物小屋での大道芸人を表していたが、今日では卓越した能力 や専門性を持つスペシャリストを意味し、髙橋宣裕氏もこのギークな人材の一人だ。また、本展実行委員の名称もこの ギークが由来だ。本展では、米国の女性小説家 キャサリン・ダンの社会派風刺小説『異形の愛-Geek Love』に登場する 3つのメタファー、社会・身体性・専門性を可視化させながら、壮大なテーマ「ステレオタイプを超えてゆく」につい て迫っていく。#作りたいから作る、を叶えられる世の中であるために。(Text by 藤本ナオ子)
※髙橋宣裕氏と鈴森・遠藤研究室の開発するソフトロボットを用いたパフォーマンス(with 小林勇輝)を本展覧会で公開いたします。どうぞお見逃しなく。詳しくは、「イベント」コーナーをご参照ください。
2014.05-東京工業大学 情報理工学院・情報工学系 小池英樹研究室特別研究生
2013.04-JSPS(日本学術振興会)研究員 - DC1
2012.10-電気通信大学人間メディアシステム工学科工学科 博士課程
2012.09-電気通信大学人間メディアシステム工学科 工学修士
2011.03-電気通信大学人間コミュニケーション学科 工学学士

しなやかに つないでいく・・・
日本から世界へ ソフトロボット学 を拓く
有史以来、科学技術はひたすら「パワー」と「確実性」を追い求めてきたとは言えないだろうか。確実な動作を求めて機械も材料も「かたさ」を追求してきた。一方、近年、機械・電子、情報処理、材料科学、等、複数の異なった分野で、生体システムが持つ「やわらかさ」を指向する新興学術が同時多発的に勃興してきた。これは偶然ではない。生体・人間中心へ傾向する科学技術の大きな流れが背景にあると我々は捉えている。本領域では「やわらかさ」を目指す新興学術の種を融合し、出会うはずのなかった研究者を出合わせる。それによって、従来の科学技術とは真逆とも言える価値観に立脚した大きな学術の潮流を創りだす。我が国には各分野にトップランナーがいる。いまこそ世界に先駆けて、「やわらかさ」に立脚する学術領域「ソフトロボット学」を拓くときである。
(科研費新学術領域研究「ソフトロボット学」研究領域代表 挨拶文より抜粋) http://softrobot.jp
「ソフトロボットのパイオニアとして」
2011年以降, ”ソフトロボット” がジワジワ来ている。昨今、ファッション誌やトレンド情報サイトでも”ソフトロボット”の特集や、それに携わる研究者の記事を見かける機会が多々あるが、この”ソフトロボット”ついて、そのパイオニアである鈴森康一教授を抜きにしては語ることはできない。
なぜなら、この「ソフトロボット学」は、単純に(ロボットを開発する上での)マテリアルをこれまでのハードな素材から柔らかい素材へと置き換えるといった材料系の転換だけによるものではないからだ。今日、3Dプリンターの登場や柔軟性と強度を併せ持つ化学的な新素材の登場もあり、それらが生み出す「やわらかな」マテリアルを用いて研究開発を行えば全てが「ソフトロボット」として存在するかのように見える。しかしながら、鈴森康一教授は、そういったマテリアル上のマイナーチェンジではなく、もっとその先の潮流へとこの新しい学問「ソフトロボット学」を先導し次世代へとつなげていくことを目的としている。すなわち、社会と共存する一つの学問としての樹立だ。例えて言えば、映画の父と評されるリュミエール兄弟(兄1862-1954|弟1864-1948)の概念設計に近似する。リュミエール兄弟は、映画という「概念」を生み出し大衆化させ今日の映画産業の礎を築いたフランスの発明家であり事業家だ。もちろん周知の通り、キネトスコープ(Kinetoscope)といった世界初の映写機を発明した米国の発明王、トーマス・エジソン(1847 - 1931)の功績は大きい。しかしながら、このリュミエール兄弟の偉勲がなければ、映画がこれほどまでに世界に広がり産業化されることはなかったはずだ。紙面の都合上、リュミエール兄弟の経歴や功績については割愛するが、キネトスコープ(Kinetoscope)といったハードウエアを媒体として、フランスから世界へとしなやかに人と人とを繋ぐソフトを生み出し映画産業という新たなプラットホームを形作し映画を一つの文化へと押し上げていったリュミエール兄弟が描いてきたプロセスは、分野は異なるが、これまでその周辺でのみ議論や研究がなされていたロボット工学を多様な領域からなる研究者やスペシャリストと結びつけ、新たなアカデミックな学問として展開する鈴森康一教授の目指す世界と酷似する。現在、鈴森康一教授はベンチャー企業を立ち上げ、”ソフトロボット”の研究開発に必要な人工筋肉となるマテリアルを誰でもが等しく利用できるシステムづくりにも貢献している。そして、自身の研究室所属の学生だけではなく、分野を横断した後進の指導にも力を入れており、本展に参加するインタラクティブな表現を追求する若き研究者、髙橋宣裕氏(東京工業大学 情報理工学院・情報工学系 小池英樹研究室 特別研究生)が手がける研究成果作品にもこの鈴森教授の人工筋肉”s-muscle”が用いられている。また、鈴森教授は異分野融合の一例として、工学とは一見とてもかけ離れたファッションの分野、文化服装学院文化・服装形態機能研究所と協働し身体に障害を持つ方々のための服作りにも尽力する。2017年にはNHKの障害者バラエティ番組「バリバラ」で、意思の疎通が難しい児童のためのコミュニケーションツール「動く服」を発表しいている。その他、特筆すべき点として、自身が開発したロボットに”ジャコメッティロボット”と命名するなど芸術面においても造詣が深い。本展「人科学と現代アート=ステレオタイプを越えてゆけ」の開催も鈴森康一教授のこうしたしなやかな概念設計とご協力なしではなし得なかったプログラムであり感謝の念に堪えない。(Text by 藤本ナオ子 )
本展初日6/15には、その鈴森康一教授をメイントークゲストに迎え、公開トークイベントを開催いたします。鈴森康一教授のお人柄に触れながら、日本から世界へと発信する「ソフトロボット学」の壮大な取り組みとその展望について知ることができる貴重なトークイベントです。
ぜひご参加ください。(詳細はイベントページをご参照ください)
<経歴>
横浜国立大学 大学院工学研究科 博士課程修了
株式会社東芝総合研究所(1984〜)(現 研究開発センター)、財団法人マイクロマシンセンター勤務(1999〜)、国立大学法人 岡山大学教授(2001〜)を経て、現職 国立大学法人東京工業大学教授(2014〜)
2016年に東工大と岡山大学の両大学発ベンチャー企業 s-muscle(エスマスル)設立、空気圧で動作する細径人工筋肉の販売を開始。https://www.s-muscle.com/
人工筋肉を使った筋骨格ロボットで攻殻機動隊 REALIZE PROJECT 「the AWARD 2016」『義体(ロボット)』部門グランプリ受賞(2017)。その他、ロボティクス研究分野において受賞歴・メディア出演多数。
著書『ロボットはなぜ生き物に似てしまうのか』『アクチュエーター工学入門』など。
科研費新学術領域研究「ソフトロボット学 」Science of Soft Robotics 研究領域代表 http://softrobot.jp/
准教授
遠 藤 玄
Gen ENDO
特別研究生髙 橋 宣 裕